IE9ピン留め

手紙

手紙をもらった。

メールってすごく発達してるけど、見知らぬ人からのメッセージって、身構えてしまう。封筒に入った手紙を人づてに手渡されて、ロッカーに手紙が置いてあるのと同じぐらいドキドキした。
そんな風に手紙をもらったのって、中高時代ぶり。
中学時代は他の学校の吹奏楽部の子からもらった。練習方法を教えて下さいとか、好きな食べ物は何ですか?とか、そういうの。高校の時の手紙で一番覚えているのは、学園祭の時に、学校外の人が学校内の生徒の住所を知らなくても、名前だけで手紙を送れるというポストがあって、他の学校の女性から手紙をもらったこと。私が当時つきあってた彼のことをずっと好きだった、という女性からだった。なんかもう、どうしたらいいかわからなくて、逃げ出したくなったけど、真剣に返事を書いた。そしてしばらく文通していた。

ともあれ、今回もらった手紙というのは、ライブの時に話しかけてきてくれた女性からだった。私のステージを一番前でかぶりつきで見ててくれたらしい。トップバッターでどうしてあそこまで落ち着いて歌えるのですか?ステージ慣れてるのですか?その後の自分の本番が心配で仕方がないというので、私は緊張してないように見えてるみたいだけど緊張してたし、緊張との付き合い方について話した。そして私のアドバイスを忠実に守り、自分のステージを大成功させることができたという、お礼の手紙だった。

もちろん、返事を書こうと思う。人づてに託して。

ちなみに男性からの突然の手紙ってあんまり覚えてません。もらったことないのかも。あれ?あるかも。忘れた・・・

# by greentea-6 | 2011-10-01 23:43 | Comments(2)

好きな食べ物は?

私の母は働いていて、いつも夕方に食材を買って帰ってきた。なので私は、食材は夕方に買うものだとすり込まれ、休みの日でも午前中に買い出しに行ったことがない。子供を病院に連れて行った帰りに、平日の午前中にスーパーに行くことがあると、新鮮。うわあ、午前中に買い物をする人いっぱいいるんだーと。働いてるお母さんの中にも休みの日の午前中に、あちこちのお店に買い出しに行く人も多くて、尊敬する。

私にとってのお袋の味とはなんだろう?と考える。子供地代の食事は、子供用の食事と大人用の食事が入り乱れた献立だった。ハンバーグステーキ、人参のソテー、ほうれん草、ごはん、味噌汁、だったり、ぶりの照り焼き、切り干し大根、モロッコいんげんの生姜お浸し、ごはん、味噌汁、だったりした。私は子供用の食事だと、一番にコーンポタージュが好きで、これはバターと小麦粉をネリネリしながら作るものだった。ポタージュという響きが好きで、ポターっとしてる上にジュという可愛い言葉がくっついていて、コーーーーンポターーーーージュとよく伸ばして言った。次に好きだったのは、ナポリタンで、油でケチャップを炒めると、オレンジ色の透明な油がお皿につく、その色が好きだった。赤じゃなくてオレンジ色にしてーっと頼んだ。しかし、こんなお子様メニューが好きだった記憶のある私だが、姉に言わせると「アンタは昔から渋い食べ物が好きだった」そうだ。渋い食べ物ってなんだろう。地味な食べ物のことだろうか。ぬか漬けとか?からすみとか?特に思い当たらないんだけど、唯一、地味で好きだったものと言えば、「永谷園のすしふり」のことだろうか。あと、フキとニシンの煮物なんかも好きだったな。
 
母は、ゲテもの食いで、台所に立って必死に牡蠣の殻を(時々手を怪我して流血しながら)割っていたり、ホヤ(超苦手ですから!)の下処理をしていたり、イカの内蔵をくりぬいて塩辛を作ったり、あんこうの肝(ゾゾゾゾ)を酢みそにしたり、ホタテの内蔵(緑色のとオレンジ色の)くっついたままソテーにしたり、サザエのぐるぐるをひっぱり出したり、生きてる毛ガニを熱湯の中にじゃぶんと入れてしまったり、それはそれは、ザ・残酷料理ショーなのだった。時々、出刃包丁が出現して、まな板の上で、ドカン!と硬いものを切っている音がして「さつじんじけんでででてくるほうちょうだ」と思って怖かった。

そんな母が、ちょうど圧力鍋というものが姿を現したころ、リケンの圧力鍋とやらを家庭科教諭のつてでどっかから手に入れた。とにかく短時間でやわらかくなるとのことで、豚の角煮なんかを作っていた。ある時、タイマーをセットし忘れたのか、別のことに気をとられていたのか、火を止めるタイミングが大幅に遅れてしまったらしく、尋常じゃなく母は慌てた。私はこの時、爆発すると身を固めていた。悲鳴のようなシューーーーー!!!という音に、ジュジュジュジュジューーーーという水が一瞬にして沸く音がした。フタを開けたら爆発すると母も解っていて、フタをしたまま水に漬けたのであった。そして放置した。。。爆発は免れたけれど、もう、圧力鍋はやめてくれと思った。水に漬けた後開けると言うので、もうやめなよ、そのまま捨てちゃえば?と言ったけれど、母は開けてしまい、見ると圧力鍋は真っ黒焦げのすすだらけであった。その鍋を洗ってゴシゴシしすぎて、四十肩だか五十肩になったそうなので、真っ黒焦げの鍋を洗う時は要注意である。

なぜ、家族に不評でも、圧力鍋爆発事件の危機に陥っても、母は、下処理の面倒くさい食材を使い、新しい料理に挑戦し、作り続けたのだろうか。自分が食べたかったから、と言うほど、母は食べるのが好きーというタイプでもない。ゲテものは食べたいーって気持ちが強かったけど。料理というものは、材料選びから始まって完成まで、プロセスがきっちり決まっているものである。酢水に漬けるとか、米ぬかで茹でるとか、重曹で灰汁を抜くとか、真水にさらすとか、塩水に漬けるとか、塩して休ませるとか、しみ込ませるとか、そういうことを全部きっちりやる人だった。

そんな母が認知症になって、料理ができなくなった。味噌汁を作ろうとしても、何が何だかわからないらしい。どうして、この人が一番好きだったに違いない料理が出来なくなってしまうのか、と嘆いた。残酷な病気だ。
でも、本人はいたって幸せそうである。両親の夫婦愛は深いのだ。

ああ、好きな食べ物の話、だったっけ。
私の好物は、甘酢あんです。お酢を使った料理が好き。

・・・渋い?

# by greentea-6 | 2011-09-26 22:46 | Comments(4)

9月になってもた

月イチペースのつもりではないのですがね、淡々とほぼ毎日更新できるようになりたいです。書こうと思ってたことがてんこ盛りで、忘れた。。。あるある言うてる場合ちゃうね、思い出さなくちゃね。

8月はお盆!ってことで帰省。福島県いわき市へ行って来ました。大阪を出て、乗り換えの東京が暑くて驚き、いわきはもっと暑かった。駅ビルで「がんばっぺ!いわき」のステッカーを見つけて撮影&購入して、タクシーで実家へ。両親、元気!クーラー効いてて涼しい!閉め切った2階は37℃(微熱)。2日目は子供を連れて石炭化石館へ。琥珀を使ったアクセサリーを作った。1万年前の琥珀の中には虫がいっぱい入っていて、ルーペでのぞくと、蚊やハチやアリなんかがいる。3日目は出来る限りの家事全般を片付けた。実家に線量計があって、家の中で0.17〜0.22マイクロシーベルト、庭に出ると0.5〜0.7マイクロシーベルト。庭の植木、家の壁、砂利、雑草、桜の木、道、フェンス、石垣、郵便ポスト、電柱、橋、電線、何から何までふりかかってる。床をクイックルワイパーで拭き取りながら途方に暮れる。

地元のスーパーにはもちろん他県の野菜と福島の野菜が混ざって売られている。魚は全て小名浜港から水揚げされたものだろう。大阪の町中で移動販売のトラックで大きな桃が3つで500円で売られていた。とても甘いいい匂いがただよう。ダンボールが積まれていて、そこにはミスピーチと書かれている。福島産だ。誰も買わない。売れなくなって、そのうちに福島産は姿を消すのだろうか。

お盆が終わった頃、姫路の友達の家へお供えを持って行く。文学館で開催中の角野栄子展につきあってもらう。VTRの中の角野さんに目を奪われる。私の両親と同い年で、ブラジル移民歴のあるお方。娘が魔女の宅急便を全巻読み終えたところだったので、すごく喜んだ。娘はこの夏、ナルニア国物語も読んでいた。ちなみにピアノの夏休みの宿題はツェルニー10曲(!)にショパンのポロネーズにモーツァルトのソナタだった。段々曲が難しくなってきた。

夏休みも終盤にさしかかり、最後の週末は伊勢志摩へ。直前に人事異動の通達があった。また転勤かーと少々しんどくなる。さようなら、北浜。しかし伊勢志摩の旅は楽しかった。海水プールで泳ぎ、昔、教科書に載っていた死海に浮く人の様子を再現したり、海で遊んだ。鳥羽水族館は超本気の水族館だった。(その割にはスナメリとビーバーのことしか覚えていない)スペイン村でビール飲みながら夜のパレードと花火を見た。パレードの山車が4つぐらいしかなくて、アレ!?もう終わり!?節電!?って思った。花火は沢山あがった。近鉄ワールドを堪能。

旅行から戻り、翌日から、見事に風邪ひき。なんだか普通の風邪と違うみたい。喉が痛くなって、ずーっと頭が痛い。訃報のニュースに胸を痛め、台風やら転勤やらで訳のわからない毎日。ライブ間近のボサノバの曲の練習に台風の中向かう。ライブではやらないけどTristezaを練習中。

やっと日々の出来事報告、終わり!!

# by greentea-6 | 2011-09-03 02:26 | Comments(2)

8月がやってきた。

今日は仕事もないから、早起きしてお弁当も作らず、図書館に返さなければいけない本を読んでしまおうと、ベッドでゴロゴロしていた。この短編集はいいなあ、いいなあと思いながら、好きなおかずを最後に残すような感覚でラストの小説を残していて、うっかりしてる間に返却期限なわけで慌てて読み始めるが、ふむふむと読んでいくうちに、あらーのめりこんで涙なんかもでてきて、こりゃあやっぱりええわと思い、あとがきまで一気に読み上げていたら、側にいた猫(アビ)が「ぐーーーお」と言った。はて、聞いたことのない鳴き声である。気にせずまた本を読んでると「ぐーーーーお!」と鳴く。明らかに私の目を見て鳴いた。なんか怒ってるようなのだ。「毎日、早起きしてお弁当作ってるのに、なんで今日はつくらないのー!あたし、お弁当作って欲しい、早起きして欲しいー」と怒ってるようなのだ。お弁当を作っている時は、決まって流しの上にちょこんと座り、その行程を眺めている。そして時々、ちょっかいをだす。いやー、猫に怒られた。頭いいね、猫って。あ、アビの食事係は娘です。なので「ご飯ちょうだい」と怒ってる訳じゃないと思うのです。

福崎まで奏ちゃんさんのコンサートに行って参りました。福崎に行く経路を決めようと路線検索すると新幹線に乗るよう指示されて、いやいや、新幹線には乗らへんよとつっこみを入れて再検索したりで、まあまあまあまあ、なんと楽しい電車の旅だったことでしょう。旅のお伴はじぶ友関西支部、スタパでもメッセージを採用された、ステキなアクセサリー作家でもあり大学生でもあるY嬢と。しゃべりにしゃべり、乗り換えもなんのその、無事に会場到着はしたけれど、3日前に張り切って充電したカメラの充電池をすっかり忘れてしまった。しょんぼり。会場につくと、近所のおばあちゃん達がにこにこして手を振ったりしながら、お客さんが徐々に集まり始める。F高校のギター・マンドリン部のみなさんの演奏があり、とっても上手で心底驚いた。私の高校のギター部は幽霊部だったので、コントラバスからマンドリンの小さいのから大きいの、クラギもいっぱい、こんなに沢山の人数での演奏は初めてで、素晴らしかった。そして2部は我らが奏ちゃんさん。ソロは名古屋以来、久しぶり!クラシックナンバーの後はお待ちかねの、ザナルカンドにて、とコダマスケッチ。ザナルカンドのイントロを聴くと、Ustを思い出して、カイちゃん(猫)の毛繕いや寝顔が思い浮かび、ちょっとぐっときてしまう。たった1年前のことなのに。音楽と映像の結びつきは、予想以上だった。あっという間にサイン会の時間となり、Y嬢と一緒に並ぶ。帰りに姫路でお茶をして、電車に揺られて帰る。人と会い、音楽を聴いて、電車に揺られる、こういう一日を自分が過ごせた満足感が大きい。行けてよかった、家族に感謝。

友人のバンドのライブにも行った。前から行ってみたいと思っていたバンドで、ようやく聴けた感が大きい。オールマンブラザーズのバンドというのに、実はオールマンブラザーズのことをよく知らないのです。(大事マンブラザーズなら知ってると言ったら、めっちゃしばかれそう。)しかし、しかしですよ、みなさん、ここからが大事です。ブルースは知ってます。ジャズのブルースはアホほど演奏しました。ロックのブルースと、ジャズのブルースを一緒にすなと思いきや、そんなことはありません、ブルースはブルースです、ブルースの良さはブルースの良さなのです。何書いてるのかわからなくなってきたので、この辺にしときます。サウンドがグッド!でした。こちらも家族に感謝。

てな訳で、長い平日を乗り越え、時間をみっけては個人練習、ライブやコンサートをはさみ、息をしとります。
9月のライブ(といってもめっちゃ出番短すぎる、ひどいぜ◎◎楽器!という企画)もあるしね。

病院にも行けたし、鉄材飲んでがんばろう。あ、うそです、鉄剤です。

それから、K夫妻から譲り受けたカブトムシ君が、天国に行ってしまった。長生きさせてあげられなくてごめんね。。。ありがとね。

# by greentea-6 | 2011-08-07 01:52 | Comments(4)

7月初旬の日常。

自分の頭は大丈夫なのかと心配になる瞬間があって、それは、脳ミソの状態ってのが、自分で把握できるわけもなく、なんだか得体のしれない存在だから怖いと思うのだ、と思うのだ。

得体のしれない存在に対する恐怖感ってのは、何がどうなっているのかわからない恐怖感と同じで、仕組みとか原理とかを化学的に理解していれば、ああ今私の脳はこういう状態なのだなとわかり、安心するのかしら。

こないだ大島弓子の「ダリアの帯」を久々に読み返して、ああ、なんかこれはノルウェイの森っぽいんだよなと思う。大きな違いは他の友人関係や、緑の存在がないことだよな。大島弓子選集第5巻はガツンときた。

一貫性があるようで、ないような。淡々と日常を繰り返しているような、繰り返してないような。

話は変わって。こないだ、まったくもって共通の何かが何もない20代男性からiPod touchをもらった。iPhoneにしたので、 touchはまったくもっての要ナシってことになったそうで、それはあんまりじゃないの?と言いながら引き受けた。そこに入ってる音楽という音楽が、なんだか別の次元の音楽にしか見えなかった。すぐさまそれを消す訳にもいかず、しばらく家に放置して、空気を馴染ませた後に、ようやく、その異次元の音楽を聴いてみることにした。ふふん。なるほどね、と思った。その他にはアラフォー世代の音楽がいっぱい入っていて、20代男性が、なぜにアラフォー音楽を聴くのか、不思議でたまらなかった。いい音楽だな、と純粋に思うらしい。

また話は変わって。小学生の頃、夏休みって嫌いだった。なぜに夏休みをみんなが喜ぶのか、不思議で仕方なかった。一日、一日が長くて、ウンザリした。授業があって、新しいことを教えてもらう方がよっぽど楽だった。スイカとかプールとか夏休み子供劇場とか子供会の花火大会とか盆踊りとか、それなりにこなしてたけど、何の意味も感じられなかった。けれどもお盆という風習だけは違った。死んだ人が帰ってくるから夜通し灯りを焚いて、入り盆から送り盆まで深く感じ取り、あれがほんまの走馬灯っていうのかな、青くて黄色い星やオレンジの光がくるくる廻っているのを眺めていた。じゃんがら念仏の音が遠くの方から、夜通し聴こえてくるのだった。

盆休みにいわきに帰る時は、必ず海に連れていって、大きな海を見せることが楽しみだった。
そんな唯一の楽しみを味わうことにためらいを感じながら、心の奥底では這い上がりたいと必死でもがいている。福島県人として。

# by greentea-6 | 2011-07-11 00:41 | Comments(2)

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